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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)8315号 判決

兵庫県西宮市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

北岡満

三木俊博

東京都中央区〈以下省略〉

被告

三洋証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

中筋一朗

荒尾幸三

種村泰一

益田哲生

爲近百合俊

主文

一  被告は、原告に対し、金六八万〇〇〇七円及びこれに対する平成元年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三四〇万〇〇三八円及びこれに対する平成元年一二月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成元年一二月一一日、被告から、住友化学工業の外貨建ワラント(新株引受権証券。以下「本件ワラント」という。)一〇〇ワラントを三四〇万〇四五〇円(単価二三・五〇ポイント)で買い受け、同日三四〇万〇〇三八円を被告の指定銀行口座に振り込んで支払った(振込手数料四一二円は被告の負担)。

2  本件ワラント購入に至る経緯

原告と被告との間の取引は、昭和五九年七月原告が中期国債ファンドを購入したのが始まりであり、以後、本件ワラント取引に至るまで、転換社債、投資信託、外国投資信託、ゼロクーポン債(外貨建割引債)並びに現物株式の取引をしてきた。しかし、中期国債ファンドはほとんど銀行預金に等しく、転換社債及び外国投資信託も元本が保証されている債券であり、投資信託も価格の上下は株価の動きにスライドするものであることは原告において理解していた。したがって、原告は、現物株式あるいはそれに準じる金融商品の取引をしていたものであり、投資指向は堅実で、銀行預金、国債や社債に近い安全確実なもののみに投資していたものである。

平成元年一二月六日、被告梅田支店(大阪市〈以下省略〉所在)の営業社員B(以下「B」という。)が、原告に対し電話で株の購入を勧誘してきた。原告が「株は性に合わない。社債か転換社債みたいなものはありませんか」と言うと、Bは「それならいいものがあります。住友化学のワラントなんですが、買ってみませんか」と、本件ワラントの購入を勧誘した。

ワラントとはどのようなものかという原告の問いに対し、Bは「株に転換している」云々と説明をした。転換社債と同じようなものかとの原告の問いに対し、Bは「少し違いますが、似たようなものです」「特に今回は、住友化学という日本の会社ですが、外国で発行する社債です」と答え、「外国で発行する日本の会社の転換社債と考えてよろしいんですか」と原告が尋ねると、Bは「まあ、そういうふうに考えてもらって結構です」と答えた。

右の原告とBとのやりとりは約五分くらいであって、しかも、Bは、その際、原告に対し、「絶対儲かりますから」「損した人は誰もいません」などとも述べた。

原告は、右同日、Bの右勧誘により、ワラントとは外国で発行する転換社債の一種であると誤信して、本件ワラントの購入を承諾した。

原告が本件ワラントの購入金額を尋ねると、Bは「最小単位でいいでしょう。約三〇〇万円程度になります。後で正確な金額は連絡します」とだけ言って、電話を切った。三〇分程した後、Bは、電話で、原告に対し、三四〇万〇四五〇円という金額と振込方法を伝えてきたが、その際、原告が購入したワラント数等の説明も一切しなかった。

また、Bは、原告に対し、本件ワラントに関する説明書も交付しなかった。

3  購入後の状況

原告は、本件ワラントの購入後、被告から本件ワラントに関する受渡計算書及び預り証の交付を受けたが、それには、ワラントの内容、特に新株引受権の権利行使期間、権利行使価格等の重要事実は何ら記載されていなかった。

平成元年一二月二六日、原告は、Bに対し、本件ワラントの処分について電話で相談した。これに対し、Bは、原告に対し、本件ワラントは、今処分しても一〇万円くらいしか儲からない、もう少し上がるから、今暫く、持っておいてほしい、と述べた。原告がワラント価格の計算方法を尋ねると、Bは、こちらで分かっている、これは絶対上がるから、大丈夫だから持っておいてほしい、と言うので、原告はやむを得ず、処分を断念した。

平成二年二月、株価が下落しはじめたので、本件ワラントの様子を聞くため、原告が被告梅田支店に赴いたところ、Bは転勤して同支店にはおらず、代わりに同支店の営業社員のC(以下「C」という。)が原告の担当となった旨説明を受けた。原告は、Cから、本件ワラントが株価の下落幅以上に大きく暴落している旨の説明を受けたが、原告は、Cに対し、右事態が当初のBの説明とは全く異なることを伝えて、善処を要請し、今後ワラントの売却の時がきたら教えてほしいと依頼して帰った。しかし、その後、原告が平成三年一二月一六日に被告梅田支店に、本件ワラントの処理につき連絡を取るまで、被告から原告に対し何の連絡もなかった。

その後、本件ワラントは評価額が零となり、全く紙屑同様のものとなった。

4  被告の義務違反

(一) 説明義務違反

Bは、原告に対し、本件ワラントが、新株引受権付社債から新株引受権の部分だけが分離されたものであること等の、ワラント一般の商品構造や権利内容、例えば、新株引受権の内容、本件ワラントの価値の意味(行使価格と時価の差、行使株数)、権利行使期限について、全く説明しなかったか、又はほとんど正確に伝えていなかった。

Bは、原告に対し、ワラント自体が持つリスク、すなわち権利行使期限が過ぎれば紙屑同様のものになることはもちろん、相場の動きによっては右期限前にも投資額が零になりうることについても説明しなかった。また、ワラント取引の基本的な仕組み、すなわち相対取引であること、価格計算の仕方、為替レートによる円換算に伴って為替変動リスクを負うこと、被告以外には売却することができないこと、相場の動きを知りうる方法などについても、説明しなかった。

また、Bは、原告に対し、社団法人日本証券業協会(以下「日本証券業協会」という。)の公正慣習規則第四号(外国証券の取引に関する規則)一〇条四項によれば、外国新株引受権証書(外貨建ワラント)に関して、「顧客との間の店頭取引は、顧客が希望し、かつ、自社がこれに応じる場合にのみ行うことができる」とされているなど、ワラント取引に関して規制がされていることについても、証券取引法(以下「証取法」という。)又は日本証券業協会の規則で要求されている「詳細で真摯な説明」を一切しなかった。

また、Bは、本件ワラント取引の前に、原告に対し、本件ワラントに関する説明書も交付しなかった。

(二) 断定的判断の提供(証取法五〇条一項一号違反)

Bは、原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘するに際し、「絶対に儲かる、損はさせない」などと断定的判断を提供した。

(三) 虚偽表示、誤導表示(証取法五〇条一項五号(現六号、証券会社の健全性の準則等に関する省令(以下「健全性省令」という。)二条一号)違反)

Bは、原告に対し、ワラントが極めてハイリスクの投資商品で、権利行使期間が過ぎると紙屑同然になることを告げず、それが転換社債と同様のものとの虚偽の事実を述べた。

(四) 詐欺行為

Bは、原告の資力や安全投資の性向を知りながら、ワラントの危険性を隠し、あたかも転換社債と同様の商品であるかのように申し向けて、原告を誤信させた。

(五) 各種書面の不交付(日本証券業協会公正慣習規則第九号(協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則)五条違反)

Bは、原告に対し、ワラントの危険性等について説明しなかったばかりか、日本証券業協会作成の新株引受権証券説明書を交付せず、ワラント取引に関する確認書も本件ワラント取引前に原告から徴求していない。

5  被告の責任

被告は、危険なワラント取引について、危険等を周知させるように、Bら営業社員を指導せず、むしろワラントを有利なものとして積極的に売り捌くように指導していたものであって、被告の右行為は、被告の会社ぐるみの違法行為として、民法七〇九条の不法行為を構成する。

また、本件ワラントについて被告の営業担当社員自身に当該商品を知悉させず、欠陥商品であるワラントを、顧客に虚偽の事実を申し述べて販売させたものであって、やはり被告は、自ら、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

また、被告は、Bの前記不法行為について、使用者として、民法七一五条の使用者責任を負う。

6  原告の損害

原告は、違法な取引により、被告に対し、本件ワラントの代金から振込手数料を引いた残額三四〇万〇〇三八円を支払い、右同額の損害を被った。

7  よって、原告は、被告に対し、不法行為(民法七〇九条又は同法七一五条)による損害賠償請求権に基づき、三四〇万〇〇三八円及びこれに対する不法行為の日である平成元年一二月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、平成元年一二月ころ、Bが、原告に対し、電話等で本件ワラントの購入を勧誘したことは認めるが、その余の事実は否認する。

Bは、平成元年一一月ころ、原告に対し、ダイセル化学工業ワラントの購入を勧誘したことがあった。その際、Bは、ワラントは、価格が株価に連動する点では転換社債に似ているが、その上下が激しく、一般にハイリスク・ハイリターンの商品と理解されていること、外貨建ワラントの場合には売買に当たり為替変動にも注意しなければならないが、それは原告に取引経験のある外国債と同様と考えればよいこと、決められた一定期間内に売買する商品であるが、期限を過ぎると権利が消滅すること等、ワラントの基本的事項を説明した。

Bは、本件ワラント取引に際しても、平成元年一二月六日、原告に対し、ワラントに関する基本的事項について、前記ダイセル化学工業ワラントの勧誘の際と同様の内容の説明をした。Bは、その際、更に付け加えて、先に原告に勧誘したダイセル化学工業ワラントは価格が上昇しており、勧誘時に購入しておれば今頃は利益が出ていたこと、本件ワラントについても同様に転売利益が期待できそうであること、本件ワラント五〇ワラントであれば概算一五〇万円強、一〇〇ワラントであれば概算三〇〇万円強で買いつけることができることを述べた。

右説明を聞いた原告が、右同日、Bに対し、本件ワラントを買い付けるよう依頼したので、Bは、右注文を執行し、本件ワラントを三四〇万〇四五〇円で買い付けた。その後、Bは、原告に対し、本件ワラントの正確な代金が三四〇万〇四五〇円となったことを伝え、その入金方法について確認した。原告が銀行振込の方法によると述べたため、Bは、その入金の確認後、直ちに預り証、ワラントに関する説明書及び確認書を送付するから、右説明書を読んだ上で確認書に署名押印して返送してほしい旨依頼した。

被告は、原告からの約定代金の入金を確認した平成元年一二月一一日、原告に対し、外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(以下「ワラント説明書」という。)を送付した。その後、原告は、被告に対し、外国新株引受権証券取引に関する確認書(以下「ワラント確認書」という。)に署名捺印して送付してきた。右確認書には、「私は、貴社から受領した『外国新株引受権証券に関する説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」との文言が記載されている。

被告は、平成元年四月一九日、日本証券業協会理事会において、外国ワラントを購入した顧客に対し、ワラント説明書を交付し、ワラント確認書を徴求すべきことが定められて以来、右決議に則した処理を行ってきた。すなわち、被告においては、各支店総務課に、ワラント説明書及びワラント確認書をワンセットで備え置き、顧客に対して必ず両書面をセットで交付していた。したがって、原告がワラント確認書だけを受領し、ワラント説明書を受領していないということはあり得ない。なお、本件ワラント取引の時点においては、ワラント説明書の交付及びワラント確認書の徴求は、公正慣習規則第九号(平成二年三月一六日改正前のもの)には定められていなかった(同規則五条(現六条)は、当時、信用取引及び株式先物取引の受託の際の説明書交付及び確認書徴求について定めていたものの、ワラント取引については、右定めを置いていなかった。)が、被告は右の措置をとっていたものである。

3  同3のうち、原告が平成二年四月ころ被告梅田支店に来店し、その際、Cが原告に対し担当引継の挨拶をしたこと、原告から本件ワラントの処分時期についての相談があったこと、平成三年一二月ころまで、Cないし被告社員が原告に連絡をしていなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の各事実は否認する。

5  同5は争う。同6の事実は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、当時者間に争いがない。

二  事実経過

成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第五号証、第一七号証(ただし一部。)、乙第一号証の一、二、第二号証、第五号証、第九号証、第一〇号証、第一三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、乙第三号証、第六ないし第八号証(なお、乙第七号証については、原本の存在及び成立を認める。)、第一八号証、証人Bの証言(ただし一部。)及び原告本人尋問の結果(ただし一部。)によれば、以下の各事実が認められる(ただし、一部当事者間に争いのない事実も含む。)。

1  本件ワラント取引に至る経緯

(一)  原告の属性

原告は、昭和二四年○月生まれの男性で、本件取引当時、一級建築士及び宅地建物取引主任者の各資格を持ち、建築設計事務所とともにブティック二軒を経営していた者である。

(二)  本件ワラント取引に至るまでの原告の証券取引について

原告は、昭和五九年七月ころから、被告との間で証券取引を開始し、以来、転換社債、ゼロクーポン債(表面利率がゼロの外貨建割引債)、中期国債ファンド、投資信託及び現物株式の取引を行ってきた。

また、原告は、被告との間で、昭和五九年七月一六日、外国証券取引口座設定約諾書を取り交わしている。

なお、原告と被告との間の証券取引の経過は、別紙取引一覧表記載のとおりである。

(三)  Bは、昭和五九年に被告に入社した後、被告梅田支店に配属され、昭和六三年二月、同支店店頭営業課(当時の名称。現在の証券貯蓄課)に異動し、当時のD課長から、原告を担当するよう指示を受けた。

Bは、原告に対し、いくつかの銘柄の株式の売買を勧誘したが、原告との間で契約が成立したのは、平成元年八月から九月にかけての大丸百貨店株の売買のみであった。原告は、被告梅田支店の店頭を訪れた際、Bに対し、その時々の経済環境や市場の動向、原告が保有していた金融商品の単価や値動きの見通し等について尋ねたりしていたが、金融商品の売却時期については、専ら原告が決定していた。

被告梅田支店では、ワラントに関し、被告本社から転換社債ワラント部の担当者を招いて、商品やリスクについての勉強会を開いたりなどしており、B自身も、平成元年八月ころからワラントの売買を扱うようになったことから、その後間もないころから、自ら勉強するほか、右の勉強会に参加するなどして、ワラントに関する知識の確保に努めた。

(四)  Bは、平成元年一一月、原告に対し、ダイセル化学工業ワラントの購入を勧誘した。

その際、Bは、ワラントとは新株引受権付社債のうち引受権の部分が独立して流通しており、決められた期限までに右権利の売買をする商品であること、ワラントの価格は基本的に株価に連動し、この点では転換社債にも似ているが、その変動は激しく、一般的にハイリスク・ハイリターンの商品と理解されていること、また、それ故にうま味もあること、外貨建ワラントの場合は為替の変動も考慮に入れる必要があるが、原告に取引経験のある外国債と同様と考えればよいこと等を説明した。

原告は、ワラントに興味を示したが、当時は資金繰りがつかないとのことで、ダイセル化学工業ワラントの買付をするまでには至らなかった。

2  本件取引の経緯

Bは、原告に対し、平成元年一二月六日、電話で本件ワラントの購入を勧誘した。

その際、Bは、原告に対し、ワラントについての基本的事項を再度前記1(四)と同様に説明した上、更に付け加えて、先に原告に勧誘したダイセル化学工業ワラントは、価格が上昇しており、先の勧誘時に購入していれば今頃は利益が出ていたこと、本件ワラントについても転売利益が期待できそうであること、本件ワラント買付価格は、五万ドルであれば一五〇万円くらい、一〇万ドルであれば三〇〇万円くらいであること等を伝えた。

なお、Bが、原告に対し、ワラントは期限付きの権利を売買するものである旨説明した際、原告は、本件ワラントはいつまで売買できるのかと尋ね、これに対して、Bは、後三年ちょっとであると答えた。

しかし、Bは、原告に対し、右期間経過後は、本件ワラントに表章されている権利が消滅するとか、本件ワラントが全くの無価値になってしまうという点については、説明しなかった(なお、証人Bに対する裁判官の補充尋問における同人の証言中には、Bが原告に対しワラントが行使期間経過後、権利が消滅すると説明した旨の供述部分も存する(同人の第一一回証人調書二八丁表)が、右趣旨の供述は、それまでの主尋問におけるBの証言中にも見られないものであって、唐突の感を否めず、原告本人尋問の結果に照らしても措信し難い。)。

これに対し、原告は、Bの右勧誘に応対後、Bに対し、一〇万ドルの本件ワラントを買い付けるように注文し、Bは、直ちに右注文を執行し、本件ワラントを三四〇万〇四五〇円で買い付けた。

右買付の後、Bは、原告に対し再度電話し、右買付金額を伝え、かつ、入金方法を確認した。原告は、Bに対し、銀行振込によって本件ワラント買付代金を入金する旨伝えた。

Bは、原告に対し、ワラント説明書及びワラント確認書を郵送するので、内容を確認した上、ワラント確認書に署名して送り返してほしい、と伝えた。

原告は、平成元年一二月一一日、前記本件ワラント買付代金から振込手数料四一二円を差し引いた金三四〇万〇〇三八円を、被告の指定銀行口座に入金した。

被告は、平成元年一二月一二日、原告に対し、書留郵便により、本件ワラント預り証とともに、ワラント説明書及びワラント確認書を送付した。

原告は、右受領後間もなく、ワラント確認書に署名押印して、被告に差し入れた。

(なお、Bの原告に対するワラントに関する説明については、原告は、右説明は、平成元年一二月六日、電話で約五分、ワラントは、外国で発行する日本の転換社債に似たようなものであり、絶対儲かる、という程度にしかなされなかった。また、被告からワラント説明書が交付されたことはない、と主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分がある。しかし、前掲乙第七、第八号証によれば、被告は、平成元年一二月一二日、原告に対し、本件ワラントの預り証とともにワラント確認書を送付したことが認められ(なお、ワラント確認書が本件ワラントの約定日以後に被告から原告に交付されたことについては当時者間に争いがない。)、また、前掲乙第二号証によれば、原告は、右確認書に署名押印し、被告に交付したことが認められる。したがって、右事実によれば、原告は、平成元年一二月一二日の直後ころに、ワラント確認書とともに、ワラント説明書を入手していたものということができる。また、原告が、同月二六日、本件ワラントの売却したい旨Bに電話で連絡した事実については当事者間に争いがないところ、右によれば、原告は、右時点において、比較的短期に反対売買を行って決済すべきであるというワラントの特性を正確に理解していたことを推認することができる。以上の各事実に照らして考えると、原告の前記供述部分はにわかに採用しがたく、他に原告主張の事実を認めるに足る証拠はない。)

3  本件取引後の経緯

平成元年一二月二六日、原告はBに対し、本件ワラントの処分について電話で相談した。Bは、本件ワラントの単価が思うように上がっていなかったものの、住友化学工業株式会社の業績自体はよかったので、右単価は上昇するとの見通しの下に、もう少し持っていたらどうかと勧めた。原告は、右の勧めに従い、本件ワラントを処分せず、もう少し様子を見ることにした。

その後、Bは、平成二年二月、被告新宿支店に転勤し、後任のCが原告の担当者となった。

原告は、平成二年二月下旬ころ、株価が下落していたことから、被告梅田支店を訪れ、Cに対し、本件ワラントの価格を尋ねた。Cは、半額くらいになっている、ワラントだから値動きが株より大きい、などと説明した。それに対し、原告は、本件ワラントの売却時期が来たら教えてほしいと依頼して帰った。

原告は、以後、平成三年一二月ころまで、被告又は他の証券会社に対し、本件ワラントの価格等について問い合わせたことはなかった。

本件ワラントは、遅くとも平成四年九月三〇日には評価額が零になっていたが、権利行使期限である平成五年一月二〇日が経過したことにより、紙屑同様無価値なものとなった。

三  ワラントについて

1  性質

ワラントとは、新株引受権証券のことである。

昭和五六年の商法改正(同年法律第七四号)により、株式会社は新株引受権付社債(ワラント債。同法三四一条ノ八以下)を発行できることとなったが、右社債のうち新株引受権、すなわち、一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定数の新株を引き受けることができる権利のみを譲渡することができるいわゆる分離型のものについて、右権利を表章し、独立して流通する証券が、新株引受権証券すなわちワラントであって(同法三四一条ノ一三以下)、右証券は証券取引法上の有価証券とされている(同法二条一項六号)。

ワラントの価格は、基本的には新株引受権を行使して得られる利益相当額、すなわち、株式時価と権利行使価格との差額によって規定される(理論価格としてのパリティ)。もっとも、実際には、将来の株価上昇を期待して、右価格にプレミアム(株価上昇の期待値)が付加された価格で取引されている。一般的には、ワラントの価格は当該ワラント債発行会社の株価の上下に伴ってその数倍の幅で上下する傾向がある(ギアリング効果)ため、少額の資金で株式を売買した場合と同等以上の投資効果を上げることも可能であるが、その反面、値下がりも激しく、場合によっては投資資金の全額を失うこともあり得るし、権利行使期間を経過すると当該証券は紙屑同然の無価値なものとなってしまう、いわゆるハイリスク・ハイリターンな金融商品である。ただし、投資家の損失は投資額に限定され、証券信用取引や商品先物取引の場合のように投資資金以上の損失を被ることはない。

2  ワラントの危険性について

ワラントは、同銘柄の現物株式の数倍にわたり価格が変動する商品であって、価値下落の危険性が大きい上、権利行使期間が存在し、右期間が経過すれば無価値となってしまうことは、原告が指摘するとおりである。

他方、たとえ外貨建ワラントであっても、ワラントが表象している権利の行使為替レートは固定されているので、円で投資する日本の投資家にとっては為替レートの変動はワラントの価値に影響せず、為替リスクは負わないことになる。

また、価格形成については、ワラントのような相対取引においては、証券取引所におけるような機械的な価格決定とは異なるが、平成元年二月には業者間取引市場が形成され、同年五月からは右市場で形成された流通性の高い銘柄の価格情報を日本証券業協会を通じ電子情報通信機関及び新聞等から随時顧客に提供していたのであり、実勢株価との関係や同業他社との競争が存在する以上、証券会社の裁量には自ずから限界があったものと解するのが相当である。また、価格情報についても、投資家への情報提供の場が不足していた感は否めないにしても、価格変動の激しさが理解できている顧客にとっては株価からワラント価格の動向を推測できるし、正確な価格も証券会社に問い合わせさえすれば知り得たのであるから、原告主張のような取引価格の明確性の欠如までは認め難い。

更に、ワラントについては、顧客にワラントの原券を交付されていないとの事実が存するが、原券上に記載された内容全てが投資意思の決定に必要とされるものではなく、右決定に必要な範囲で情報が説明されていればよい。

加えて、証券会社は、顧客の申し出があれば、ワラントの買い取り拒否をすることはおよそ考えられず(合理的理由のない買い取り拒否はそれ自体違法性を帯びると考えられる。)、顧客が投下資本回収の機会を奪われているとまでは言い難く、また、それ故にワラントに危険性があるとはいえない。

以上より、ワラントの危険性として重要なのは、ワラントの値動きの激しさ及び権利行使期間経過後は無価値になってしまうことの二点に限られるというべきである。

3  勧誘の違法性について

証券取引は本来リスクを伴うものであり、取引に参入するかどうかは投資家本人の自由に委ねられており、しかも右取引は証券会社が投資家に提供する情報、助言等も経済情勢や政治状況等の不確定要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情であるから、投資家自身において、右情報等を参考にして、自らの責任で当該取引の危険性の有無、その程度、さらにはそれに耐えうる財産的基礎を有するか否かを判断して取引を行うべきものである(自己責任の原則)。

しかしながら、証券会社には法制度上特別の地位が与えられており、証券市況に影響を及ぼす高度に技術化した情報が偏在している一方、一般投資家の多数が証券取引の専門家としての証券会社の提供する情報や助言等を信頼して証券取引を行っているという現状の下では、一般投資家の右信頼が十分に保護されなければならない。

証取法五〇条一項一号、二号及び健全性省令二条一号は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示等を禁じ、大蔵省証券局長通達「投資者本意の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)及び日本証券業協会の規則や通達(公正慣習規則第一号ないし第九号等)なども、証券会社の投資勧誘に関しては、投資家の判断に資するため有価証券の性格、発行会社の内容等に関する客観的かつ正確な情報を投資家に提供すること、投資家の意向、投資経験及び資力等にもっとも適合した投資が行われるよう十分配慮すること(適合性の原則)、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資家及び資力に乏しい投資家に対する投資勧誘については、より一層慎重な配慮を期することを要請し、また、各種の証券取引については、契約を締結しようとする際、当該顧客に対し、予め所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始に当たっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るものとしていることなども、同様の趣旨に基づいたものということができる。

もっとも、右法令規則等は公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するにすぎないため、証券会社の顧客に対する投資勧誘が、これらの規定に形式的に違反したからといって、直ちに私法上も違法と評価されるものではない。

以上のような投資家保護の要請とこれを具体化した前記各規定の趣旨やその制定の経緯、背景等からすると、証券会社は、投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家の証券会社に対する信頼を保護すべく相当の配慮が要請されるべきであり、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を行うのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、適合性の原則をふまえて投資家の意向やその財産状態、投資経験に照らし明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い投資商品を一般投資家に勧誘する場合には、当該商品の周知度が高い場合や勧誘を受ける投資家自身が当該取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な、当該商品の内容の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うものと解するのが相当である。

そして、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験その他の当該取引がなされた特定の具体的状況の如何に応じて前記配慮義務の遵守の有無が検討されるべきであり、右義務違反があって初めて勧誘は社会的相当性を逸脱し、私法上も違法なものとして不法行為を構成しうるものと解すべきである。

以上のことは、本件のようなワラント取引においても妥当するものといわなければならない。すなわち、ワラントは、前記のとおり、ハイリスク・ハイリターンの特質を有し、その内容も複雑な商品であるところ、証券会社が投資家に対しワラントを勧誘するに当たっては、投資家側に十分に勧誘対象たるワラントの知識があるなどの特段の事情のない限り、ワラントの特質や危険性を説明すべき義務を負っているというべきである。

そして、右説明に当たっては、投資の有利性に比重を置いた説明の中で抽象的にワラントの概要及び危険性について触れたといった程度では足りず、投資家が投資の適否について的確な判断をなしうるだけの情報が得られるように、ワラントの特質及び危険性に関する枢要な要素につき十分に理解できる程度のものでなければならない。右要素としては、ワラントの値動きの激しさ(当該株価の数倍にわたって上下すること)、及び、権利行使期間が存在し、右期間が経過すると権利は無価値となってしまうこと、の二点の説明は少なくとも欠かすことができないものであり、しかも右説明は、投資家が投資の適否のみならず、投資後の対応についても的確に判断できるように、具体的に理解できる程度になされるべきである。

四  前記二で認定した事実経過及び前記三の検討結果に基づいて、本件ワラントの勧誘の違法性について検討する。

1  断定的判断の提供又は虚偽表示、誤導表示による勧誘等の不当勧誘の有無

前記二の認定によれば、Bが、本件ワラントの勧誘の際、本件ワラントの価格が騰貴する旨の断定的判断を提供したとの事実は認められない。右の点に関する原告本人尋問の結果は、にわかに採用することができない。

また、同様に、右勧誘の際、Bが、本件ワラントについて、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をしたとの事実も認められない。

2  詐欺行為の有無

前記二の認定によれば、Bが本件ワラントの勧誘に当たって、ワラントがあたかも転換社債と同様の商品であるかのように述べて原告を欺罔したとの事実は認められない。

3  説明義務違反の有無

ワラント取引に当たって証券会社が顧客になすべき説明義務の内容は、前記三3のとおりである。

(なお、原告は、Bが、日本証券業協会の公正慣習規則第九号五条(平成二年三月一六日改正前のもの。現六条三項)に反して、ワラント説明書の交付及びワラント確認書の徴求を本件ワラント取引前に行わなかったことをもって、Bの勧誘の違法性の根拠の一つとしているが、右条項が本件当時、ワラント説明書の交付及びワラント確認書の徴求を義務づけていたか否かはさておき、右条項に違反したことにより直ちにBの勧誘の違法性が基礎付けられることはなく、右条項の違反は、Bが尽くすべき説明義務の履行が十分であったか否かを評価するに当たって考慮すべき事情の一つにすぎないと解するのが相当である。)

これに対し、Bの原告に対するワラントの説明内容は前記二の認定のとおりである。すなわち、Bは、原告に対し、ワラントが、同銘柄の株価に連動してではあるが、それにもまして激しく価格が上下すること、及び、ワラントが期限付きの新株引受権を売買するものであること、については、口頭で説明をしていた(なお、被告が、本件ワラント取引に当たって、取引前にワラント説明書の交付及びワラント確認書の徴求を行わなかったとの原告主張の事実は、当事者間に争いがないところであるが、右事実を考慮しても、本件ワラント取引に当たって、右の二点に関しては、Bの説明が不十分であったと認めるに足りない。)ものの、ワラントが、権利行使期間経過後は、全くの無価値になってしまうことについては格別説明しなかったものと認められる。

右認定及び、前記二1(一)ないし(三)で認定したところの、原告の属性及び本件取引前の証券等取引の経験度、原告とBとの間においては、金融商品の売却時期の決定は、専ら原告が決定していたとの事実、並びに、原告がワラントを取引したのは、本件ワラント取引が最初のものであったこと等の各事実を総合すれば、Bが右の点の説明をしなかったという点において、Bの勧誘には、原告に対し、本件ワラントを購入するかどうかの意思決定をするに際して必要な、ワラントの危険性に関する情報につき、説明義務の違反があったと評価せざるをえない。

もっとも、前記のとおり、原告は、Bから、ワラントが期限付の権利を売買するものであり、その権利は三年ちょっとであるとの説明を受けたのであるから、これにより、原告において、ワラントが右期間経過後は権利が消滅して全く無価値なものとなることを了解し得たと考える余地もないではないが、一般の個人投資家、特に原告のようにワラントを初めて購入しようとしていた者に右事実を了解することまで当然に期待することはできないというべきであるので、本件において、前記のように考える余地はない。

また、被告が原告に対し本件ワラント取引成立後にワラント説明書を交付した事実は、本件取引締結時における原告の意思決定に影響を持ち得ない以上、右事実によって、Bの説明義務違反が治癒されることはないといわざるをえない。

以上により、Bの原告に対する本件ワラントの勧誘は、原告に必要な情報の提供を欠いた、説明義務違反の違法があり、Bは右違反の点について過失があったものというべきであるので、同人には不法行為が成立するというべきところ、被告は、Bの使用者として、Bの右不法行為につき、民法七一五条の責任を負うというべきである。

五  賠償すべき損害額について

1  前記四のとおり、原告は、Bの違法な勧誘により本件ワラントを購入したところ、前記二認定のとおり、本件ワラントが全く価値のないものとなったことにより、原告は、本件ワラント代金三四〇万〇〇三八円から被告負担の振込手数料金四一二円を控除した、残金三四〇万〇〇三八円相当の損害を被ったということができる。

2  次に、過失相殺について検討する。

(一)  Bの本件取引における勧誘は、前記のとおり、違法なものであるが、殊更に断定的判断、虚偽ないし誤導する事実を提供したようなものでなかったし、また、説明義務違反の点に関しても、ワラントの値動きの激しさ及びその権利行使期間の存在については、説明を行い、義務を尽くしたものと認められることからすると、右違法性の程度はさほど大きなものではなかったということができる。

(二)  これに対し、原告は右の違法な勧誘があったとはいえ、Bの説明以上にワラントないしワラント取引に関して詳細を知ろうと努めることもなく、投資を敢行したものである。本来、利殖を目的として取引をする以上、原告は、自らその取引の危険性等について調査研究に努めるべきであって(前記二1(一)ないし(三)認定の原告の属性及び本件取引以前の証券取引の経験度に照らせば、原告に対し右努力を求めることは決して過大な要求であるとはいえないということができる。)、右努力を怠りながら、損害を被ったからといって、これを全て被告の責に帰することはできないというべきである。また、本件契約締結時においては、その後の株式相場の動向如何によっては、本件ワラントの価値が上昇する可能性もあったのであり、たまたま株式市場全体の株価下落に伴い、本件ワラントの価値が下落したとしても、その結果を被告の全面的な責任とすることは相当でないということができる。更に、前記のとおり、原告は、Bから、ワラントの値動きの激しさについては説明を受けており、本件契約締結後にワラント説明書の交付も受けているし、ワラントの値動きを的確に把握する手段が全くなかったわけではないのであるから、本件ワラントが全くの無価値になる前に処分する機会が原告に与えられていなかったとは到底言い難いところである。加えて、原告は、少なくとも、平成二年二月ころには、本件ワラントの価額が大幅に下落していることを認識していたのであり、更に、原告は、前記認定の原告の属性及び本件取引以前の証券等取引の経験度に照らせば、原告は、経済人として相当の経験と実績を有し、十分な判断力を備えていたと評価してよいのであるから、従前交付されていたワラント説明書やCによる説明等の情報により、右時点以降の損失回避について合理的選択を行い得たと期待してもよいということができる。そうすると、右時点以降の本件ワラントの価格下落分は、原告が、右時点においてなお、ワラントの商品性について調査することなく本件ワラントを保有し続けていたことに起因する面も否定し得ないというべきである。

(三)  以上のような諸事情を考慮すると、原告の前記損害の発生につき、被告の過失割合は、二割と認めるのが相当である。

3  したがって、本件取引による損失のうち、被告が原告に対し損害賠償をなすべき金額は、金六八万〇〇〇七円とするのが相当である。

六  以上により、原告の請求は、金六八万〇〇〇七円及びこれに対する不法行為の日である平成元年一二月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 横山泰造 裁判官瀬戸口壯夫は、差し支えにつき、署名押印することができない。裁判長裁判官 中路義彦)

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